『あの頃』への区切り。 イビツァ・オシム元監督追悼試合

『あの頃』への区切り。 イビツァ・オシム元監督追悼試合

正直、この追悼試合にこれといった感情は無いつもりだった。
オシム監督自身がいる訳ではなく、OB戦の一つくらいの感覚で。
それは試合前日、当日になっても変わらなかった。

けれど、試合が始まって、フクアリのピッチでプレーする選手たちを見ていたら、
そうではない感情が湧き上がって来るのを感じていた。

選手たちの顔には、まるで子供のような、見た事が無いような笑顔ばかりがあった。
それを見守るスタンドもまた笑顔だった。

仲間達との再会を喜び、サッカーを楽しむ喜び。
オシム監督が、サッカーが繋いだ縁が、ピッチに溢れていた。


そこには、もう二度と目にする事が無いと思っていた、
黄色い背番号「6」や「18」が居て、
名前を聴いただけで苦い記憶が蘇ったり、
ボールの止め方、蹴り方を見るだけで、それが誰か分かってしまう選手たちが、
プレーを心の底から楽しんでいた。

試合後、中村憲剛さんは、自らのtwitterでこう書いている。

「オシムさん サッカーは楽しいです。」と。

はっとさせられた。
自分自身、サッカーを観て「楽しい」と思えたのは本当に久しぶりだったからだ。

個人的な話になる。
2006年6月、オシム監督が川淵三郎の白々しい責任回避の虚言の為に、代表に引き抜かれて以来、ジェフはボロボロになる一方だった。
日本サッカー協会への不信は拭えず、代表戦はほとんど観なくなった。
応援していた選手たちの多くがジェフを去り、積み上げたものは崩れ去って、J2へ降格し、、、またそれから長い長い時間が経った。サッカーを観る事の意義、ジェフを応援する事の意味はあるのか、そればかりを繰り返し繰り返し自問自答していた。
あの6月で自分の内面は、それまでの自分とは変わってしまい、
サッカーを心の底から楽しいと思えた事は無かった。

セレモニーで、巻は語りかけた。
まるで、オシム監督がそこに居るかのようで、それでいて自らの言葉で。

「歩みを止めて諦めてしまうのはすごく簡単で
 ただ一歩前に踏み出すこの難しさを 
 様々な責任を追う立場になると痛感します。
 
 でも、オシムさんの魂は 教えたかった 皆に伝えたかった本質は
 責任を持ちながら、その一歩を踏み出す勇気だと思っています。」と。

その言葉で、その背中で、巻は、選手たちは改めて教えてくれた。
御大は亡くなっても、一人一人の心に御大は今もいると。
過去を振り返るのではなく前に進めと。

「Yesterday is Yesterday.Tomorrow is important.」
(昨日は昨日。大事なのは明日だ。)

頭では理解していても、どうしても出来なかったこと。
『あの頃』への区切り。

試合後のロッカールームの写真、皆の笑顔があった。
一番後ろの阿部ちゃんの笑顔。本当に久しぶりだな。
ナビスコの優勝の時にチームの真ん中で見た以来だ。

試合後、冷たい雨に打たれても、気分は晴れ晴れとしていた。

準備に奔走した、勇人をはじめとしたクラブ、関係者の皆さん、
スタジアムに集った選手達、OB、スタッフの皆さん、
そして、オシム監督。

本当にありがとうございました。

そして『あの頃』よりも、もっともっと素晴らしい光景を、
いつかきっと、ここフクアリで。